3.兄弟

「まってよ、兄さん!」
「早く来いよ、アル!置いてくぞ!」
 司令部内を駆けていく兄弟を見送りながら、うらやましいと思った。ごつい男達ばかりでむさくるしい雰囲気の司令部を一切に気にすることなくぴょんぴょん跳びはねるように進む少年達には、想像を絶するような辛く重い過去があっただろうに、そんなことを一切感じさせない。彼らがそういられるのは、互いに頼ることのできる兄弟がいるからだろうか。
 兄弟とはどこもきっとそういうものなのだろうが、残念ながら私は一人っ子で親戚との付き合いもなかったから、よくわからない。しいて言うならば幼い頃に一緒だった頼れる兄のような存在はいたけれど、彼に対してはどこか淡い憧れも常にあったから、本当の兄弟のように笑いはしゃぎあうことはほとんどなかった。けれども、幼い頃の自分にとってその”兄”のような人が、日々の苦しい生活の中で荒んだ自分の気持ちを安らかにしてくれる存在であったことは間違いなかった。果たして彼にとっては私がどんな存在だったかは定かではないが。
 3時までもう少し。給湯室に彼らが来ると知って用意して置くように指示されたケーキがある。早くお茶を入れて、持っていってやらなくては。今ごろ少年達におやつを急かされて焦っているであろう”頼れる兄”を思い、自然と笑みがこぼれた。
Etude Op.25-3 F-Dur
(2010.06.02)
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4.東方の空

 女性とのデートは、半分は情報を集めるため、半分は世間に私の女好きのイメージを植え付けるため。養母の職業柄、私も年頃になってからはずいぶん女性に関しては鍛えられた。どうすれば彼女達が喜ぶのか、どうすれば彼女達からスムーズに話を聞き出せるのか。もちろん養母の店の女の子達は皆情報のやり取りに長けたもの達ばかりだから、こちらが特別気を使わなくてもきちんと仕事をこなしてくれるのだが。
 女性の扱いにはずいぶんと慣れた。情報を得ることはもちろんのこと、デート自体もそれなりに楽しい。欲求もある程度満たしてくれる。多少のお金はかかるが、それなりに収入がありながら誰を養うわけでもなく、一人気ままに暮らしている自分には別段負担にもならない。
 情報屋ではない女の子達とのデートは、本来恋人や思いを寄せる相手と普通に行われるそれと大差ない。基本的には「遊び人のマスタング大佐」を証明してくれれば良いわけで、情報に関しては得られたら儲けものという程度だ。しかしこれらはあくまで『恋愛ごっこ』である。向こうが私にどんなに気があろうとも、私には彼女達に恋愛感情が芽生えることはない。もちろん私も男だから、連れて歩くのに見目は良い方がいいと思うし、スタイルにも好みがある。性格だって得手不得手があるのは仕方あるまい。しかしこれらのデートはただの「遊び」ではないから、そんな贅沢は言っていられない。私がとっかえひっかえ女の子を連れ歩いているように世間に認識してもらえれば、それでいいのだ。
 ときどきこの不毛なデートをやめたくなるときがある。本音をいえば、ちょっといいなと思う程度の子達と楽しいだけの遊びなんてあまり興味がない。複数のかわいい女の子達よりも、本当に想いを寄せる一人の女性とよりよい関係を築くことのほうが、よっぽどいいと思っている。実は、私はそんなに女好きの部類ではないのかもしれない。だが、その想いを寄せる女性とは男女の関係になることはできそうもない。自分が招いた種とはいえ、一番恋愛とは遠い関係になってしまった。弱く力がないと思っていた彼女は、自力でここまで追いついてきた。ひとりぼっちの姫を迎えに行く強く格好の良い王子のおとぎ話に夢見ていたのが男の自分だけだったなんて、馬鹿みたいな話だ。女々しくて涙が出てくる。
 いつの間にかデートの目的が、「遊び人のマスタング大佐」を装うためではなく報われない想いの憂さ晴らしになっているような気がして、イーストシティの曇り空を見上げながら振られてばかりの部下を笑えないと思った。
Etude Op.25-4 a-Moll
(2010.06.03)
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