サイト6周年リクエスト(兼'13 ロイアイの日) ■花菖蒲 (薄桜鬼 土千 noritsumaさまより『初夏の日のふたり』) ■探し物はなんですか? (鋼ロイアイ 星夜さまより『探し物をするロイアイ』『ブラックハヤテとロイアイ』) ■真夜中のキス (鋼ロイアイ こゆき様より『「キス」に関する話、もしくは「真夜中のミサ曲」が何か絡んでいるお話』) 花菖蒲 文机に積み上がった書類に一区切りつけ、ふぅと溜息を吐く。ついこの間まで冷えると思っていたのに、ふと気がつくと汗ばむほどの季節になっていた。今時分が一番脱水を起こしやすい季節だから、気をつけねばなるまい。そう思って手元にあった湯呑みを手にするが、中はすでに空だ。 土方は眉間に皺を寄せた。普段なら、千鶴が見事なまでにここぞという頃合いで茶を持ってくる。だが、今日は先ほどからその気配はない。 土方はしばらく湯呑みを見つめていたが、そんなことをしていても茶が湧いて出るわけでもない。仕方なく、土方は湯呑みを手に重い腰を上げた。千鶴の淹れる茶の味に慣れてしまった今、自分で淹れるのはなんとも味気ないが、わざわざ彼女を探してまで淹れてもらう謂れがない。 閉め切っていた障子を開けると、さわやかな風が吹きこんでくる。まぶしいほどの陽ざしを浴びながら土方が中庭を見遣ると、ちょうど千鶴が走ってくるところだった。 「千鶴」 ちょうどよいと思って呼びかけた土方は、彼女のその手に何かが抱えられているのに気付く。 「あ、土方さん。お茶ですか?これを置いたら、すぐにお持ちしますね」 一方で千鶴はというと、土方の求めているものを一目で理解し、すぐに実行に移そうとする。 勤勉だと思うが、今の土方には茶よりも彼女の手に抱えられている物の方が気になった。 「おい、それは何だ?」 「これですか?花菖蒲です」 「そんなのは、見りゃわかる。それをどうしたんだ?」 「近藤さんにいただいたんです」 出先で分けてもらったんだそうですよ、と言って千鶴はふわりと笑う。近藤のことだ、大方、少々大袈裟に(おそらく本人にそのつもりはないだろうが)庭先の花菖蒲を褒めて、気を良くした家主に分けてもらったのだろう。安易に想像のつく光景に思わず溜息が出そうになるが、それと同時に近藤が千鶴に花をあげたという事実に、何か苦いものを感じる。 だが、そんなことに気付くはずもない千鶴は、屈託のない顔で土方に提案をする。 「土方さんのお部屋にも飾りましょうか?」 「いや、いい」 「でも、お花があると心が安らぎますよ。仕事ばかりに集中していると、癒しが欲しくなりませんか」 それに土方さんには花菖蒲が似合うと思うんです、そう言ってまっすぐな視線で微笑む彼女が妙にまぶしくて、土方はわざと顔を背けた。 「勝手にしろ」 「はいっ!あ、お茶、すぐにお持ちしますね」 そう言って去っていく彼女は、土方がそちらを見た時にはもう姿が見えない。じきに茶を淹れてくるだろう。おそらく活けた花菖蒲を共に手にして。 男が女に花をやるというのはよくある話だが、このご時世で逆はあまり聞かない。だが思わぬところで千鶴によってもたらされた季節は、思いのほか土方の心を癒す。 「花菖蒲…か」 土方は書類仕事とはまた別のところに頭を働かせながら、自室に足を踏み入れた。
(2013.5.24(2013.6.11再掲))
▲戻る 探し物はなんですか? あっ、と声を上げた時には既に遅かった。リザの手の中のキーケースから飛んだ金属は明らかに下に落ちたはずなのに、音一つ立たない。 慌ててしゃがんで見るものの、その金属――それはリザの部屋の鍵であった――は影も形もない。もともと綺麗にしている自宅の玄関先で、そんなに目立つものが見当たらないわけがない。あるとすれば、家具の裏側か隙間に入ってしまったか。 見間違いであってほしい、と願って手元のキーケースをもう一度見て見るが、そこに収められているのはやはり滅多に使うことのない鈍い光を放つ実家のボロ鍵と、こちらもまたあまり使われることのない預かり物の上官の鍵の2つのみであった。そして自宅の鍵が収まっていた部分には、壊れた金具だけが残っていた。おそらく使用頻度の高いものだけが劣化してしまったのだろう。 この家の契約時に大家から渡されたこの家の鍵は、2つだった。1つは携帯用、もう1つは予備としてしばらく自宅に置いてあったが、いつの間にか彼の直属の上官の手に渡っていた。それに対してリザ自身も特に異論はなかったし、むしろ何かあった時のために信頼できる誰かに鍵を預けておくことは悪いことではないとも思っていたし、その逆も然りで冒頭で述べたように上官の鍵を預かっている。だから、手元にある鍵を紛失した今、頼れるのはもう1つの方で。 「やだ、もうとっくに大佐は家を出てしまっているわ」 ふと壁掛けの時計が目に入り、そもそも、今出掛けようとしたのは、その上官との約束があったから。今日は珍しくプライベートの外出で、リザ自身も楽しみにしていた。彼が家を出てしまったであろう今、彼に連絡を取る術はない。かといって決して治安がすこぶる良いとは言えない東部の町で、たとえ取られて困るようなものは何もなくても、非常時でもない今、鍵を開けっぱなしで家を空けるほどの勇気をリザは持ち合わせてはいなかった。 たとえこのまま家から出られず約束の場所にいけなかったとしても、何かあったのだろうと察した彼はしばらくのうちにやってくるだろう。だが、せっかくの休みにそんな無駄な心配させるわけにはいかない。 くぅん、と愛犬がリザの周りをまわりながら、心配そうにすり寄ってくる。 「ハヤテ号」 リザはしゃがみこんで、愛犬の視線をしっかりと捉えた。 「……で。鍵が見つからなかったからハヤテ号をこちらに寄こした、と」 「…はい」 「ハヤテ号が道に迷ったらとか、そもそもハヤテ号にその意思が伝わっていなかったらとか、そう言うことは考えなかったのか」 「…ハヤテ号なら大丈夫だと思ったんです」 落ち込むリザに、ロイはわざとらしく咳払いをして続ける。 「ホークアイ中尉ともあろうものが、冷静さを事欠いてそういった曖昧な行為をもって物事を進めるとは、呆れたものだな」 「申し訳ありません」 うなだれるリザに対して、ロイの方は切れ長の目じりが、半分下がっている。明らかに笑いを堪えているような表情にも、俯いたままのリザは気付かない。 「中尉、顔を上げたまえよ」 いかにも気まずい、といった面持ちで視線を合わせようとしないリザに対して、ロイは堪え切れずにくっと噴きだした。 「別に怒っているわけではないさ。ただ突然ハヤテ号だけが単独で走ってきたから、何があったのかと心配になっただけで」 リザがもう一度謝罪の言葉を口にしようとすると、何もなければ別にいいとロイが遮る。 「しかし、驚いた。走ってくるハヤテ号の首元に光るものがあったから何かと思って見たら、中尉の自宅の家の鍵がついていたんだからな」 「えっ」 「何のメッセージかと思って慌てて来てみれば、玄関先はひっくり返ったようになっている。何事かと思ったぞ」 そう言って差し出されたのは、その無くしたはずの鍵。 「鍵、ハヤテ号についていたんですか!」 「もう少しハヤテ号が勢いよく走っていたら落とすところだったな」 そういえば、鍵を探しているときも、やたらとリザにすり寄りたがっていた。おそらくハヤテ号も何かまでは分からないまでも、首に違和感を感じていたに違いない。だからこそ、指示を受けたハヤテ号も慎重にけれども迅速にロイの元にたどり着いたのだろうから。 気を使ったんだよな、とハヤテ号に声を掛けながらロイが頭をぐりぐりと撫でると、ハヤテ号は鼻をぴくぴくとさせて自慢げな顔をする。 「ハヤテ号、ありがとう。おまえは優秀ね」 その様子が愛おしくて、リザはハヤテ号の背中をたっぷりと撫でてやった。 「さてと。まずは、腹が減ったからどこかで食事でもしよう。それから新しいキーケースを探しに行くかな」 「いえ、そこまでお付き合いさせるわけには」 「いや、いいさ。今日はもともと君のものを見繕うつもりでいたからな」 恐縮するリザにそう言い含めながらロイは手帳とペンを胸ポケットから出すと、すらすらと錬成陣を書く。そして使いこんであるリザのキーケースの金具だけを簡易的に直すと、先ほどの鍵をつけて自分のポケットにしまいこんでいしまった。 「中尉、君は早くそのあたりを片付けてしまいたまえよ」 それまでは褒美代わりにハヤテ号と遊んでやるさ、そう言ってロイは部屋の奥に入って行った。
(2014.5.8(2014.7.15再掲))
▲戻る 真夜中のキス カタカタとなる蓋の音に火を止めて、ドリッパーに少量のお湯を注ぐ。コーヒーを蒸らす間のほんの僅かに訪れた静寂に、ラジオの音が聞こえてくる。 普段はニュースくらいしか聞くことのないラジオのスピーカーから、いつになく宗教曲が流れてきて、リザは耳を凝らした。 コーヒーの香りがたって、リザは三人分のコーヒーを落とす。リザの家に入り浸っていて既に『お客様』とは言い難い上官専用のマグカップは、リザと色違いの少々大きめなもので、二つで約三人分だ。 彼がリザの家に来始めたころは、まだ客用のコーヒーカップを使用していたが、あまりにも入る量が少なくて何度も淹れなおしていたので、いつの間にか彼自身が新しいものを持参した。ご丁寧にもリザとお揃いで、一体どこで手に入れてきたのだろうかと妙なところでマメな上官に、呆れたものだ。 マグカップになみなみと注いだコーヒーを持ってソファーに向かうと、彼は肘かけに肘をついてラジオに耳を傾けていた。流れてくる宗教曲の名前は何と言ったか思い出せずとも、最近のアメストリス国の曲でないことは間違いない。 ブラッドレイ政権が覆され、絶たれていた隣接国との交流が少しずつ行われるようになってくると、外国の文化や風俗も同時に流れ込んでくる。その中には、その昔アメストリス国にあったもので規制されていたものが、逆輸入する形で戻ってくることもあるから面白い。 こういった宗教曲も、気づけば頻繁にラジオで流されるようになった。 「珍しいですね」 そう声をかけると、彼はリザの方を向く。何のことかと一瞬迷ったような顔をしたが、合点したのか「ああ」とラジオを見た。 「どうぞ」とコーヒーをサイドテーブルに置くと、「ああ、すまない」と破顔する。 「珍しいか?」 マグカップを手に取った、隣に腰を下ろしたリザを見遣る。広くない部屋に置かれた1.5人掛けのソファーは、二人で座るには少々狭く、自然と密着する形になる。 「あまりそういった趣味はないでしょう?」 宗教曲の中には有名な音楽家の作った派手なものもあるが、今流れてくるのはどちらかというと信仰心の強い静かで厳かな雰囲気の曲だ。静かな夜に聴いても、心が乱されることがない。 「いや、信仰する神がいない我々アメストリス国民は、信じるべき軍、キングブラッドレイが覆されて、何を信じるのかと思ってね」 そういってコーヒーを一口すすると、また彼は話を進める。 「イシュヴァールの人々は、神を信じることによって強大な力や絆を発揮している。神を廃され、信ずるべき神がいないというのは、人々にとってはやはり迷いの元になるのだろうか」 アメストリスの建国においてまず排除されたのが、神だった。不必要だったというよりは、そのお元になった『フラスコの中の小人(お父様)』が神の位置を目指していたと言うべきだろうか。 元々はアメストリスの各地域でもさまざまな宗教が存在しており、それを信仰するかどうかは個人の自由としても、神の存在が人々の生活にも密接していたことは明らかだ。アメストリスにもそこかしこにその片鱗が見える。実際に、新興宗教ができたことも、またそれがきっかけで暴動が起きたこともあった。それがたとえ仕組まれたことであったとしても、信仰心が使われた事は事実だ。 「宗教だけが幸せとは限らないと思います」 宗教が原因で争いが起こることも、否定できませんし、とリザは付け加える。かつて我々が行った残酷な戦いもまた、その線引きは宗教であった。 「たとえ信ずるべき神やそれに替わるものがなくても、他に誓うべき相手はたくさんいるでしょう。家族、友人、師匠…他にも誓う相手はいると思います」 これはリザの素直な気持ちだ。一人のアメストリス国民として、今までそうやって生きてきた。これからもきっとそうやって生きていくだろう。 コトリ、とマグカップを再度テーブルに置く音が響き、彼がこちらを向く。 「では、君は誰に?」 「私は貴方に誓います、Sir」 真面目に、けれどもほんの少しだけその視線に不安を含ませた彼の問いに迷いもなく即答すれば、彼は驚きつつも満足げな顔をする。 「私は、君に誓う。昔も、今も、これから先も」 そう言って彼の手が頬に触れた。その前触れにそっと目を閉じれば、彼のキスが降ってくる。軽いわけでもなく、かといって激しいものでもないそれは、誓いを立てるような丁寧なもので。 厳かなキスは、甘く苦いコーヒーの味がした。 |