夫婦愛

「なあ、グレイシア」
 まだ幼い愛娘を寝かしつけようやくリビングに戻ったグレイシアは、ソファに座る夫の顔をみて驚いた。自宅でこれほどまで思いつめた表情をすることは、めったにないからである。
「どうしたの、マース?」
 グレイシアは夫の隣に腰を降ろすと、すこしだけ微笑んで返事をした。彼を落ち着けるためには笑顔が一番効果的だということを、彼女は経験から知っていた。案の定グレイシアの顔を見た夫は、少しだけ落ち着きを取り戻したようだった。
 彼はほうっと溜息をひとつ吐くと、ポツリと話し始めた。
「最近いろいろと考えてたんだが」
「ええ」
「もし俺が先に死んだら、再婚してくれ」
 あまりの唐突な話に、グレイシアは面食らった。愛娘が生まれて半年足らず、幸せの絶頂というこの時期に、なぜ自分は不幸のどん底に突き落とされるような話をされなければならないのか。突然何を言い出すのだ、この夫は。
 しかし、夫はそんなグレイシアに構いもせず続ける。
「エリシアが生まれるまでは俺は、どんなことがあってもグレイシアを他のヤツに渡すなんてもってのほかだと思っていた」
 至極真面目な顔だった。いつもの茶化すような感じはどこにもなかった。グレイシアは彼がどれだけ真剣にこの話をしているのか悟った。
「だが、エリシアが生まれて、その考えは少し変わったんだ。もし俺が若くして死んだら遺された妻子はどうなるんだろう、って。幼い子供を抱えて、お前は一人で生きて生きていけるんだろうかってな」
 先ほどはこの話に面食らったグレイシアだったが、裏を返せば、それは娘を愛するからこそ発生した話である。娘を愛し、妻を愛するからこそ、もし自分が二人の側にいられなくなったとき彼女達はどうなってしまのか、きっと不安に思ったのだろう。それは彼に父性が育っている証拠でもあった。

「そりゃ、グレイシアを他の男に取られるなんて、想像しただけでもハラワタ煮え繰り返る思いだ。
 しかしそんな自分勝手な独占欲だけで決められる問題じゃない。乳飲み子を抱えて、いやそのうちエリシアが大きくなったとしても、これから先まだまだ長い人生を一人で子供を抱えながら生きていくのは、決して楽なことじゃないはずだ。
 だから、心配なんだ、グレイシア」
「マース…」
 彼の優しさに、グレイシアは他に言葉が続かなかった。自然と涙が溢れる。
「だから不本意であるけれども、お前が少しでも幸せになるためにそれだけは約束してくれないか」
「じゃあ、もし私があなたより先にこの世を去ったら、」
 グレイシアは涙を拭うと、話し出す。
「やっぱりどなたかと再婚してくれますか?エリシアをかわいがってくれて、あなたを大切にしてくれる人と」
 今度は彼が驚く番だった。
「グレイシア、何を言いだすんだよ。俺はグレイシア以外の女性と結婚する気はないぞ」
「それは、私も同じ。でも、心配なのも一緒なのよ。あなたが小さなエリシアを抱えて一人で生きていくには相当の苦労が必要だわ」
 グレイシアは、もう涙ぐんではいなかった。それは強い意志をもつ妻の目であった。
「だから、私も約束するわ。あなたがもし早くに亡くなって、もし良いご縁があったら、そのときは再婚して幸せになるわ。でもあなたも約束してね。私が早くにこの世を去って、良いご縁があったら、再婚して幸せになって。
 空からあなたとエリシアが誰か素敵な女性と幸せそうに暮らしてたら、そりゃあ嫉妬するでしょうけれど。でも、ガマンするわ。だって、愛するあなたとエリシアのためだもの」
「わかった約束する」
 グレイシアが微笑むと、マースはグレイシアを抱きしめる。
「愛してる、グレイシア」
「私もよ、マース」
 そして、二人はお互いの約束を確かめ合うように口付けを交わした。


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いいねぇ。こんな夫婦になりたい(笑)
でもグレイシアはきっと再婚しないけどね。そんな気がします。
以上、突然のヒュグレでした。一度書きたかったんだ〜。
(2008.11.09,2008.12.30改)



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