夢想

夢を見た。


夢の中の私は、白いタキシードを着ていた。
隣には白いドレスを着た女性の姿。
肩が大きく開いたデザインのドレスから見える肌は白く透き通るようで、
ほっそりとした白魚のような指を私の腕にからませる。
ヴェール越しに見る彼女は少しはにかみながらこちらを向いており、
その短いブロンドの髪と穢れを知らない澄んだ鳶色の瞳が印象的だった。

ああ私は結婚したんだ、と思った。
しかし、一方でそれは非現実であり、これは夢なのだと冷静に判断する自分もいた。


やがて場面は家庭の一場面へと移る。
私は仕事のために家を出るところだった。
私が『行ってくる』と家の奥に声を掛けると、
彼女がキッチンから顔を出して『いってらっしゃい、お気をつけて』と言う。
Aラインのふんわりとしたワンピースにエプロンをつけた彼女の手には、
短銃でもライフルでもなくお玉が握られていた。
もう一度『行ってくる』と告げながらその額にキスを落とすと、
彼女は少し頬を赤らめながら『早く帰っていらしてくださいね』と言った。


そして、そこで目が覚めた。
窓から入るやわらかな午後の日差しが
執務机に突っ伏した私の背中をほっこりと温めていた。
幸せだった。心のそこから幸せを感じていた。
夢の中の彼女は刺青もやけどの後もなく、戦争も知らない普通の女性だった。
そんなことは現実にはありえないとわかっていながら、
もし彼女を取り巻く世界が今と違っていたなら良かったのに、と無意識に願う自分がいた。
もしそうならば、私は彼女を愛し、慈しみ、幸せにするのに。
もちろんそれが現実だったとして、
尚彼女が自分の妻になってくれるという保証はどこにもないのだが。


そうして転寝の余韻を十分に楽しんでから顔をあげると、
そこには夢に見たよりも少しだけかっちりとした印象の副官がこちらの様子を伺っていた。
怒られるかと一瞬身構えたが、怒られることはなかった。
「おはようございます、就業開始時間を過ぎましたよ」
珍しく彼女が笑顔で口を開いた。
「…怒らないのか?」
恐る恐る、けれども思わず尋ねてしまう自分が情けない気もしないでもないが、
しかし彼女は
「とても幸せそうな顔をしていらっしゃったので、
何かよい夢を見ていらっしゃるのかと思いまして」
とやわらかく微笑んだだけだった。

ああ、私は勘違いをしていた。
確かに夢の中の彼女には刺青もやけども、戦争で傷ついた心もなかったけれど、
その笑顔と気持ちの本質は現実の彼女だって何ら変わりがないではないか!
それは決して手の届かない世界ではなく、少し手を伸ばせばつかめる幸せなのだ。

それは結婚という形ではないかもしれない。
しかしどんな形式であれ、ともに歩み、ともに戦い、
ともに慰め、そしてともに微笑みあいながら、
彼女とともに生きていく幸せを何としてでもつかんでみせよう、
そんな小さな決意が私の心の片隅で姿を表した。


(2008.12.19,2008.12.30改)

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書き終わってから気づいたけど、
「おかえりなさい」にお玉はあるけど、
朝食後にお玉はつかわないよなあ…(汗)
タイトルはドビュッシー「夢想」より。散文詩形式にしてみました。
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