The birthday that is nothing

※キャラクターブックのネタバレを微妙に含みます。


















 意地を張って無理やり退院して自宅に戻ってはみたものの、体が思うように動かないどころか一日の業務を全うすることすら難しい事態に、ロイは疲れきっていた。本来なら今日はいつもより盛大に祝うべき30回目の誕生日であるはずなのに、忙しさと疲労、そして何よりも把握することすら困難なほどめまぐるしく変わる今の状況に、他人を誘って祝う気などとても起こらなかった。
 司令部での業務をなんとか終え、副官に抱えられるようにして送られた自宅で、ロイは一人グラスを傾ける。退院したばかりの体でアルコールを摂取することは決して好ましいことではないが、本来なら考えられないことが続き、大事な部下までも失ってしまった今、とてもアルコールなしに一人で過ごすことはできなかった。

 自宅に残っていたウイスキーは決して自分好みのものではなかったが、買いに外に出ることのできない今はどんなものでもありがたかった。ソファに凭れてグラスを傾け、この30年と今自分の周りで起きている出来事を振り返っていると、玄関のチャイムが鳴る音がした。
 今日は特に誰かが訪ねてくる予定などもちろんない。そんなに遅い時間ではないとはいえ、夜更けにこの家にやってくるのは直属の部下か、あるいは郵便屋や物売りの類か、間違いか。体を動かすのも億劫なロイは、無視を決め込んだ。直属の部下であるならば、例え出なくても何らかのアクションを起こすだろう。それも、先日の入院以来鍵を預けてある副官ならば、勝手に入ってくるに違いない。
 しばらくしてチャイムはもう一度鳴り、控えめなノックが2回ほど続いた後、鍵を開ける音がした。やって来たのは、やはり副官だった。
 玄関のドアの開く音と鍵を静かに掛ける音が続き、彼女は音を立てぬよう細心の注意を払うようにしてリビングに入ってきたが、グラスを傾けるロイの姿を見たのであろう、リビングの入り口でピタリとその足が停まった。
「もうお休みになっていらっしゃるのかと思ったら」
 ロイがちらりとそちらに目をやると、彼女は呆れ顔だった。
「退院だって半ば無理矢理だったというのに、そんな身体でアルコールを摂るなんて無謀です」
「飲みたい時だってある」
 窘める彼女に対してロイはわざと煽るようにグラスを傾け、そして顔をそむけるようにソファの肘掛に肘をついた。

「……まったく」
 溜息が聞こえ、彼女が近寄ってくる気配を感じる。横目に持っていたバッグと小さなケーキ箱を置くのが見えたところで、彼女の腕がロイの頭部にまわされた。ロイは思いもよらぬ彼女の行動に驚いたが、為すがままになっていた。
「ずっとそばにいますから」
 彼女の口から言葉が静かにこぼれる。
「貴方のそばにいますから。だからそうやって一人で抱え込まないで下さい、一人で辛い思いをしないで下さい」
 ロイは目を閉じた。闇は、己を抱きしめる彼女の温もりをより強く感じさせた。
「ああ」
 辛いのは一人ではない、彼女も同じなのだ。
 ロイはグラスをテーブルに置いてリザの腰に手を回すと、甘えるように抱きついた。

 グラスの中の氷が溶け、からんと室内に響いた。


(2008.6.1)

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キャラクターブックのハボックの「大佐は30歳の誕生日は自宅で一人寂しく」という話から捏造。
だって、ねぇ。一人寂しくなんてことないでしょ。自宅にいたんだし(笑)
めずらしく暗い感じになっちゃいましたが、たまにはこんな静かな誕生日はいかがですか?>大佐


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