Chocolate Bar

 今日も相変わらずの残業だった。時刻はすでに十時をまわっており、司令部内には夜勤のもの以外は残っている人もほとんどおらず、静まり返っている。ロイの今日中に行うべき仕事の目処が立ったのを確認したリザは帰宅後のことを考えていたが、ふと思い立って、そっと執務室を抜け出すと給湯室へと向かった。
 リザがティセットを手に再び執務室に戻ってきたとき、ロイはすでに最後の一枚の書類に向かっているところだった。お茶の香りに反応したロイが、おや、と顔あげたので、リザは微笑んで「こちらにおいておきますね」と応接セットのローテーブルにトレーを置き、ソファーに腰をおろした。
 普段、リザが残業後にお茶を用意することはあまりない。残業後はできるだけ早く職場から出るのが望ましいというリザの考えからであるが、時折思い立ってお茶を入れることがある。それはたいていロイが目立って疲れているときだったり、逆に良いことや祝い事があったときだったりするので、特に何もない今日のような日にお茶を入れたことをロイが不思議に思うのも無理はなかった。驚いたロイの顔が想像どおりでリザはくすりと笑うと、温めてあったティカップにお茶を注ぐ。
 ふわりと立ちのぼるお茶の香りに誘われて、最後の書類処理を終わらせたロイがソファーのそばに寄ってきた。
「なにか良いことでもあったのか?」
 ソファーに掛けて伸びをひとつするロイに、リザは「いいえ、別にないですけれど」と応えると、カップの載ったソーサーをロイの前に置く。
「受付の子にこれをもらったんです。大佐にぜひ、とのことでしたが、一応アルコールの入っているものなので、就業時間中はどうかと思いまして」
 そういってリザが差し出したのは、金の箔押しで『Chocolate Bar』と書かれた黒く細長い箱だった。中には色とりどりのアルミ箔に包まれた、かわいらしいチョコレートが7つ並んでいた。
「リカーチョコか」
 その一つをひょいと手に取ると、ロイは「コニヤック」と印字された文字をつぶやいて包装を解き、口に放り投げた。
「なかなかうまいな。リカーチョコレートにしてはチョコレートがおいしい。君もどうだ」
 もう一つ別のチョコレートをつまみながら、ロイはリザにも箱を差し出す。
「ありがとうございます。いただきます」
 薦められたリザは赤い包みを一つ手に取った。
「ラムですね」
 丁寧に包装を解いて口に入れる。ふわりと甘い香りが広がり、一口噛めばチョコレートの中からラム酒が溢れ出す。少量ではあるがアルコール度の高いそれは、じんわりと舌を刺激した。疲れている今は、この程度の量のアルコールでも体に染み渡っていくようである。
 リザがゆっくり味わっていると、二つ目を食べ終えたロイが「コアントローもうまいな、そっちはどうだ?」と感想を促した。
「おいしいです。ラムはやはりお菓子に合いますね。疲れているせいかお酒が体にじんときますけれど」
 微笑みながら答えた後「そうか」というロイの相槌を聞きながら手元の包装をたたんでいたリザは、ロイの行動に気づかなかった。
 どれ、と言ったロイの声がさっきよりも近いことを不思議に思ったリザが顔をあげた途端、リザはロイに唇を奪われた。とっさのことに何の対応も取れなかったリザは、ロイが口腔内に侵入するのを受け入れざるを得ない。
「んぅっ!」
 思わず漏れた自分の声に我に返ったリザは、ロイの肩を押してなんとかこの状況から逃れようとしたが、相手はテーブル越しの中腰という厳しい体勢にもかかわらずびくともしない。それどころか先に頭をしかり抱き込まれてしまったせいで、リザ自身の体もロイのほうに傾く形になってしまった。まるで自ら好んで口付けを受け入れているような姿勢に、リザは戸惑いを隠せない。その間にもロイの口腔内に残るチョコレートの甘さをしっかりと舐め取り、それ以上に翻弄するような激しい口付けは、リザの心までも溶かしていく。最初は抵抗するつもりで肩に置いた手はいつの間にか軍服を掴んでおり、やがてその唇が離される頃には、アルコールの影響もあってか名残惜しいと感じるまでになっていた。
 すっかり息の上がってしまったリザは、くたりとソファーに凭れかかった。
「うん、たしかにラムは菓子向きだな」
 飄々とした顔で告げるロイをリザは睨みつけたが、今の時点でそんなことをしても通用しないことはリザ自身もわかっていた。
 「物足りない?」と嬉しそうに問うロイにリザは「知りません!」とそっぽを向いたが、先ほど考えていた帰宅後の予定はきっと一つもできないまま終わるのだろうと思い、諦めの溜息をついた。
(2009.06.11)

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30000万打キリ番前後賞リクエスト、ロイアイの日を兼ねてで、青井フユさまより『ロイアイ(アイロイでも可)で、二人で甘いものを食べるお話』 。
いつも藤丸の幼くじれったい話にお付き合いいただいているので(笑)、ちょっと頑張って気持ち大人向けにしてみました。
え、まだまだ甘いですか?いやぁ、藤丸はお子さまなんで、これ以上はちょっと…(爆)
リクエストいただいた時期がバレンタイン〜ホワイトデーの時期だったのでなんとなく時期はずれなお話になってしまいましたが、お気に召していただければ幸いです。
この度はリクエストどうもありがとうございました。
こちらは青井フユさまのみ、お持ち帰りいただけます。


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