(本誌最終回前の産物ですので、最終回とは異なります。ご承知の上お読みください)

ある男の決断

 ブルーの小さなブーケを手にした男は、墓の前に佇んでいた。

 その体を賢者の石に変えられ途方に暮れるような長い時間を与えられてから、男はただ命を全うすることだけを考えてきた。己の体に存在するとてつもない数の魂のエネルギーに耐えがたい苦痛を感じていたときも、その魂たちと一人一人対話をしているときも、それを終えてこの世に生きる覚悟を決めたときも、周りの友人がどんどん年老いていくのを見るときも、愛する女を見出したときも。どうすれば命が尽きるのか、どうすれば人並みに老いることができるのか、そればかり考えていた。愛すべき伴侶と共に歩むことになり、そしてその伴侶との間に子を為したとき、それは尚いっそう切実な問題として男に降りかかった。
 自分は化け物だ、たとえ理解を得られたとしても、その事実は変わらない。周りが不自然に思うのは当然のこと、とくに子供はそういった気持ちには顕著なものだ。子を為しても、男は子の傍に寄ることができなかった。愛したくても、愛することができなかった。愛すべき人たちを守るためには、離れるしかないと思っていた。妻を、息子達を傷つけぬために、男は家を出た。年を取るために。愛する妻と二人の息子達と一緒に年老いていくために。
 だから、自分の中にある賢者の石の力を開放することになったとき、男はもうすぐ愛する亡き妻のところに逝けると喜んだ。もう少し、あと少し。今の仕事を放棄することはできないが、それが終わればようやく自分にも幸せが訪れると信じた。
 だが。
 成長した息子達は、男を化け物扱いするどころか、一人の父親として罵った。男は紛れもない彼らの父親だったのだ。まだ満足に言葉も話せなかった子供達が成長した様は、自分がどれだけ尊いものを放り出してきたのかということを実感せざるを得なかった。
『この子達には、まだまだ愛してくれる親が必要だ』
 かつて男の息子達に錬金術を教えた女性に、別れ際に言われた。家を出た男の代わりに、母を亡くした息子達に錬金術と共に生きる術を教え、亡くした我が子の代わりに息子達を愛してくれた人だった。今度はあんたの番だ、そう彼女は男の背を押してくれた。
 男は愛する妻の下に逝くことだけを考えていた。それが自分にとって一番の幸せだと考えていた。けれども、愛すべき家族は妻だけではなかった。息子達もまた、まぎれもない彼の家族なのだから。

 しばらく考えていた男はやがて墓石に花を供えた。
「すまん」
 ふわりと風が吹いて、ポケットに手を入れ佇む男の長い髪を揺らす。
「もう少しだけ待っていてくれ」
 もう一度風が吹く。墓石に供えられた、亡き妻が愛したアメジストセージの花が揺れる様子は、まるで男の言葉に対する返事のようだった。
 男はくしゃりと相好を崩すと、墓を後にした。


(2010.06.09)

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星夜さんのつぶやきに触発されて書いたSS。 長い間ホーエンハイムは最後の戦いでトリシャの下に行くのだろうと信じてきましたが、星夜さんの「親ならば子どもの成長を見届けたいだろう」という言葉にはっとして、こんな結末もあり?と最終回直前に錬成したものです。
アメジストセージ(セージ)の花言葉は『家庭的・家族愛」。
トリシャにはマーガレットとか白い花のほうが似合いそうだなと思ったのですが、花言葉の意味合いと時期(6/20の花だそうです)からこちらにしました。意外に実用的な花のほうがトリシャに似合ってるかも?
星夜さん、まだぴ〜さん、リクエスト(?)ありがとうございました!(笑)


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