「じゃあ、いってきます。朝一番の列車で帰ってくるわ。よろしくね」
「こっちは気にしないでいいから、ゆっくりしておいで」
「気をつけていらしてくださいね」
「ママ、いってらっしゃ〜い!!」
 ロイとリザの間で嬉しそうに手を振るエリシアを見て、グレイシアはホッとしつつも、少しだけ淋しい気持ちを隠せなかった。


ベビーシッター


 事の発端は、カレンダーに書いた印を消すのを忘れたことだった。
「グレイシア、明日何かあるのか?」
 たまたまヒューズ母娘の下を訪ねたロイは、目ざとくその印を見つけたのだった。
「明晩、隣町で友達の結婚お祝いを兼ねた同窓会があるんだけど、エリシアを置いていくわけには行かないから断ったのよ。 お昼にエリシアもいっしょに親しかった友達と会う予定だったんだけど、そちらも向こうの都合が悪くなっちゃって。だから明日は何もなし」
 母親ってつまらないわね、そう呟きながらグレイシアは笑った。
 ヒューズが生きていれば、グレイシアも安心してエリシアを託して出かけることもできたのだろう。しかしヒューズ亡き後、この母にはそのような娯楽は皆無だった。

「明後日は休みだから、一晩くらいならエリシアを見ていてやるぞ」
 一週間も二週間も、というのは無理な話だが、一晩くらいだったら何とかなるだろう、そう思いロイは提案した。
「何言ってるの、無理よ、そんなの。気にしないで、大丈夫だから」
 グレイシアは困った顔をする。
「いや、たまには息抜きしないと後が辛いぞ」
 ロイも譲らない。
「でも・・・」
「エリシアが心配なら、中尉にも来てもらうさ。ちょうど明後日は遅番だからな」
「大変よ?」
「なんとかなるよ」
 そんなやりとりの結果、グレイシアはエリシアを預けて出かけることを承知したのだった。



 日勤が終わるとロイとリザは一度それぞれの自宅に戻り、そしてヒューズ家に集った。すでに支度をすませていたグレイシアからエリシアについて書かれたメモを預かると、エリシアと共に3人でグレイシアを駅まで見送りにいった。
「さて。夕食をとって帰ろう。エリシア、何が食べたい?」
「えっとね、エビフライ!」
 母と離れて淋しいことより、珍しい泊り客が嬉しいことの方が大きいのだろう。エリシアはロイとリザに手をつながれて始終ご機嫌だった。

 帰宅後、エリシアは「私がこの家の主人よ!」とばかりに、二人に精一杯のもてなしをした。
 お風呂の準備をすると張り切るエリシアに、リザは笑いながら手を貸す。
「今日は私と一緒に入りましょうね」
 リザがいうと、エリシアはきょとんとした顔をした。
「え〜?3人で入るんじゃないの?」
 エリシアの言葉にロイとリザは顔を見合わせる。
「だって、パパがいるときは3人で入るんだよ?」
 エリシアの中ではロイとリザと三人でいる構図が、両親に囲まれた家族の姿に映っていたのだった。
 困り顔のリザに代わって、ロイがエリシアに諭す。
「あのな、エリシア。パパとママは結婚しているからいっしょに風呂に入っていたかもしれないけれど、私とリザは結婚していないから、いっしょには入らないんだよ」
「なんで?ロイくんとリザちゃんは仲良しなんでしょ?3人でお風呂に入りたいよ」
 エリシアの顔が曇る。
 そんなエリシアの様子を見て、リザが決心したように切り出した。
「・・・3人で入りましょうか」
 この幼い子はもう二度と叶うことのない家族水入らずの様子を思い浮かべているのだ。必要以上にエリシアを哀しませたくない。
「しかし・・・」
「だって、仕方ないでしょう?」
 心配そうなロイに、リザは笑って応える。
「さぁ、そうと決まったらお風呂に入る準備をしましょう!」
 エリシアがの顔がパッと明るくなったのを確認すると、リザは入浴準備に取り掛かった。

 3人での入浴に満足したのか、エリシアは風呂から上がってしばらくロイに遊んでもらうと、そのままウトウトしはじめた。ロイがベッドまで抱えていき、リザがとんとんと寝かしつけてやると、あっという間に夢の中に引き込まれていった。
 何かあったときのために子供部屋のドアを開けたまま、リザとロイはリビングに移動する。
「お疲れになったでしょう?お茶でも入れましょうか?」
 リザはそのままキッチンに向かう。
 キッチンにはグレイシアが茶器と朝食の準備をしてくれていた。細かなところまで気の利く女性である。
 入れた紅茶を持ってリザがリビングに戻ると、ロイはソファーでぐったりしていた。
 「子供って元気だな・・・」
「本当に。世のお母さん方は、毎日相手をしているんですよね。尊敬しちゃいます」
 ほんの数時間相手をしただけで、これだけ疲れるのだ。一日中付き合っている母親達はさぞや大変なことだろう、とロイも感心する。
「そんなこといって、君だって母親になれば同じだぞ」
「そんな日がくるんでしょうかね」
「くるだろう、いつかは」
 そのとき、父親は誰なのだろうか?

「ママ〜!!」
 エリシアの泣き声が響いた。
「エリシアか」
 ロイは正直疲れた、という顔をした。
「私、行ってきます」
 リザがとっさに子供部屋に小走りで向かう。その様子を見ながらロイはふぅと溜息をつくと、残っていた紅茶を一気に飲み干した。

 子供部屋をうかがうと、エリシアは落ち着いたようでリザの歌声が聞こえてきた。そして、その声もしばらくすると止んだ。
 ところが、一向にリザが戻ってこない。不信に思ったロイが子供部屋をのぞくと、そこには二つのかわいらしい寝顔が並んでいた。
「なんだ、寝てしまったのか」
 ロイはベッド脇に座り込むと、エリシアの頭を撫でてやった。
 子供をもつ経験はない。それでも亡き親友の愛娘をみていると、親の子に対する愛情が理解できる気がする。今思えば、あの親友の異常なまでの子煩悩も分からないでもない。
 愛を半分奪ってしまった。それを取り戻すことはできない。
 それならば、父親の代わりにはなれないが、このかわいらしい娘に愛情を注いでやろう。それがグレイシアとエリシアへの罪滅ぼしに少しでもなるのであれば。
「ヒューズ、お前はそれを許してくれるかな」
 そんなことを考えながら、疲れからかロイもウトウトと眠りに落ちていった。



「ただいま」
 翌早朝、グレイシアは自宅のドアを開けた。時刻は7時をまわったところである。だが家の中はしんとしていた。
「まだ寝ているのかしら?」
 いつもならエリシアはとっくに目覚めている時間である。
 リビングに入ると、ティーカップが置かれたままになっていた。リザの性格を考えると、置きっぱなしにして就寝するとは思えない。
「ひょっとして夜泣きした?」
 心配になって子供部屋をのぞいたグレイシアは、ふふっと微笑をもらした。
 お世辞にも大きいとはいえない、子供用ベッドに川の字で寝ている三人。
「まるで親子みたい」
 いつかこんな光景が毎日見られるようになるのかしら?と思いながら、グレイシアは四人分の朝食の支度をしにキッチンへ向かった。


(2007.07.06)
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お子ちゃま相手は大変です。
もっとドタバタさせて、ロイを疲れさせてみたかったのですが、
上手くまとまりませんでした・・・。
読んでくださって、ありがとうございました。
2007.7.6(2007.7.8 少しだけ改良しました)

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