つがい
週末の午前の講義が終わり、この屋敷で己に宛がわれた勉強部屋という名の2階の客間に一旦引き揚げる途中で、ロイはリザが小窓から何かを懸命に覗いているのを見つけた。 「やあ…」 「しっ!」 外を覗くなら窓を開ければよいものを、などと思いながら声をかけようとすると、小さな少女は慌てた様子でロイの言葉を遮る。そしてもう一度窓の外を覗くと、安心したようにほっと溜息を吐いた。 普段はあまり物事に執着しないリザが興味を示したものが気になって、ロイもリザの上からそっと窓の外を覗く。すると、真っ白な小鳥の番いが家の前の大木の枝に停まっていた。 なるほど、とロイは納得する。あの番いは夫婦だろうか、それとも親子か、兄弟か。いつも一人ぼっちのリザが見出したのは、番いの彼ら。一体彼らに彼女は何を重ねているのだろう。 じっと見つめるリザの憧れの眼差しに、ロイは彼女が不憫でならなかった。 やがて2羽の小鳥はどちらかともなく誘い合うように飛び立っていき、リザは満足そうにロイの顔を見る。 「あのふたりがね、」 ほわっと頬を赤らめて、リザが語り始める。 「仲がいいんです。お互いの事を想いあっている感じで、ずっとそばにいるの」 いつかあんな風にいられる人ができたらいいのにな、そう呟いたリザの顔はいかにも幸せそうで、ロイは目を細めた。 「いつか、いい人が現れるといいね」 ロイが賛同の言葉を投げかけた途端、リザはハッと何かを思い出したように、口元を引き締める。 「す、すみません。マスタングさんの勉強の邪魔をするなと、父から言われているのに」 ペコリと頭を下げると、リザは小走りでロイの元から去っていく。パタパタと階段を降りる音を聞きながら、ロイは茫然と少女の去って行った方を見つめていた。 「一体なんなんだ…」 そう呟きながらロイは、勉強道具を持っていない空いている手で頭をガシガシと掻く。そしてもう一度窓の外を覗いてみた。先ほどまでいた小鳥の姿はもうないが、残影がロイの頭の掠める。 いつまでも一緒にいてあげられればいいんだけど。 そんな風に思うのは、エゴだろうか。そう思いながらも、滅多に見られない彼女のかわいらしい一面に、ロイはいつになく口笛を吹きながら客間に向かうのだった。 朝のさわやかな日差しが差し込む東方司令部の廊下を、ロイは副官と二人で歩いていた。まずは各方面への挨拶回り、そしてここを拠点として、これから彼らは彼のイシュヴァールの地へと旅路に就く。懐かしく馴染みのあるこの雰囲気を味わうのは、あと数日のみ。これからの事を考えれば、心の休暇をとれる少しの間とも言えるだろう。 今日の朝一番はここの司令官の一人であるハクロ准将への挨拶だった。相変わらずの嫌味な御仁はロイが同階級になったことについてたいそうご不満な様子であったが、これからイシュヴァールに赴き反政府民族との交渉を進めていかなければならないことについては、愁傷な様子で激励の言葉を駆けてきた。まあそれなりに一般常識はあるのだなと苦笑を洩らしつつも、馴れた気安さがロイの心を和ませていた。 そんな考え事をしているうちにロイは後ろから聞こえてくる足音の均一なリズムが止まったのに気付き、振り向く。すると己の副官が、立ち止まって窓の外を見ていた。その表情は、いつも職務時間中に見る引き締まったものではなく、ほんのりと頬を染めた素の彼女に近いもの。 「どうした?」 「……いえ」 ロイの問いかけに、「失礼しました」と彼女は歩き出す。だが、彼女の見ていたものが気になって、ロイはその窓から外を伺ってみる。 そこに見えたのは、木の枝に停まる白っぽい鳩と、灰色の強い鳩の番いだった。2羽の小鳥はお互いの毛繕いをしている。鳩の番いなどどこにでも見る光景であるが、2羽だけでここまで仲睦まじい姿はなかなか見ることができない。これから巣作りでもするのだろうか。そういえば、鳩は一夫一妻制だという。この2羽はこれから先も寄り添って生きていくのだろう。 そこまで考えて、ふとロイは昔を思い出した。彼の古い屋敷で、あの小さかった少女は、小鳥の番いに自分の未来を重ねていた。父親と二人で住んでいるはずなのにいつも一人ぼっちの少女は、希望を未来に託していた。ほんの些細な、けれども忘れられない思い出だ。 彼女がそれを覚えているかどうかは分からない。けれども、こうやってリザがロイといっしょにいる場面で、また鳥の番いを見ることになるのは、縁でもあるのだろう。 ロイは口元を緩めて、先に行ってしまった副官を追いかける。このことについて声をかけたら、どんなふうに帰ってくるのだろう?頬を染めるか、それとも素知らぬ顔で返してくるか。 その答えが知りたくて、ロイは少しばかり意地悪な質問を、リザに投げ掛けた。 「なあ中尉、」 君の伴侶は見つかったのかい、と。 (2012.10.17) -- 星夜さんからいただいた、白い二羽の小鳥の番いのポストカードから錬成しました。お気遣いいただいたお礼に、星夜さんに捧げます。 |