シャンパンショコラ

 久々のオフは、生憎と雪だった。
 雪となると、休日の過ごし方もずいぶん制限される。それでも次の休暇はいつになるかわからない。食料の買い出しだけは行かなければ、とリザは愛犬を連れて白い街に繰り出した。

 ただでさえ寒い東部の冬は、雪になると途端に人影が減る。まして今は平日午前中。雪に浮かれる子供たちもカップルもいない街はしんとして、ひときわ寒く感じられた。雪にはしゃぎすぎてリードに絡まる子犬に手を焼きながらマーケットへと歩みを進めると、突然愛犬がリードを引っ張りながら走り出した。なんだなんだとついていくと、一軒のお菓子屋の前でしっぽを振って立ち止まる。なるほど、先ほどからしていた甘い匂いはここからだったのか。
 ほら行くわよ、と子犬を嗜めつつも店の中をちらりとのぞくと、一枚のポスターの文句が目に入った。『寒い冬は、大切な人とチョコレートで甘い時間を』と書かれたそのポスターには、雪の中で恋人たちが寄り添いながらホットチョコレートの入ったマグカップを手に暖かそうにしている絵が描かれている。
 ふと、リザの脳裏に甘いものが好きな上官が浮かんだ。リザが休みの日は意外にも仕事を真面目にこなす上官だが(むしろ、なぜ自分がいるときはサボるのかがわからないのだが)、今日もサボらずにきちんと仕事をしているのだろうか?さすがに今日は雪だし、外に逃げ出したりはしていないと思うけれど。
 そこまで考えてリザは頬が熱くなった。昔からの因縁があり、また当時から多少なりとも憧れがあったとはいえ、彼はただの上官である。こんなポスターを見て思い出すなんて。
 慌てて踵を返すと、今度は向いのリカーショップが目に入る。様々な種類の酒が所狭しと並ぶ店内を見て、件の上官が先日『このシャンパンは絶品なんだ』とどこかから貰ってきた二本のうち一本を持たせてくれたのを思い出した。受け取ったのはいいもの、祝い事もなければ一緒に開けて飲むような相手もおらず、一人で開けたって面白くもないと棚にしまいこんだままになっている。

 そうだ、とリザは思い立った。今日はどうせ、雪で何もできない。それならば、家で久々にお菓子でも作ろう。寒い冬には甘いチョコレート。軍にはいてからは忙しくてお菓子作りなんてさっぱりしていないけれど、シャンパンを入れて焼き菓子を作ったら、きっとおいしいに違いない。職場に差し入れとして持っていけば、皆の仕事もはかどることだろう。そして、彼には別にシャンパンをたっぷり染み込ませたものを用意して。この間いただいたシャンパンのお礼ですと渡せば、きっと不自然なことは一つもない。もちろん勤務中には食さないように釘を打つけれど。

 リードを軽く引くと、子犬は嬉しそうに再び飛び跳ねるように歩き出す。飛び散る雪すら今は温かいように感じながら、マーケットへの道のりを急いだ。



(2008.02.14)

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バレンタインに因んで。

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