Relief
身を低くすることで爆風をなんとかやり過ごし、おおよそ静まったところでロイが目を開けると、そこには戦っていたはずのホムンクルスの親玉の姿はなかった。 あたりを見回して見るが、目の前に残るのは爆発によって破壊された巨大な錬成陣の跡と、人柱と言われて無理やり集められた5人のみ。やはり敵の姿は見えない。先ほどまで嫌というほど感じられた強大な気配もまた、消失している。 「・・・終わった・・・のか?」 小さく呟かれたエドワードの声に、ロイはその場にへたり込んだ。 同様に寝転がる者、座り込む者、立ったままの動かぬ者、それぞれ三者三様の格好でいるが、みな同じように呆然としている。 しばらく沈黙が続いた。 「はは・・・」 しんとした空間で、誰かの乾いた笑いが響く。 その声につられるようにして、皆揃って笑い声が漏れた。それは過酷な戦いから開放された、安堵による笑いだった。 「終わったんだな」 ひとしきり笑った後で、ロイはもう一度呟いた。あまりの唐突な出来事に、感情がついていかない。 「だめだ、もう立てねー」 地面に仰向けに寝転がったエドワードが、叫ぶ。 「なんだ、情けない」 それを窘めるイズミもまた、座り込んだまま当分動く様子もない。 「いや、本当にこれはしばらく動けんな」 周りの様子を見ながら、ロイはやはり両手をついて座り込んだままやはり動けそうにない自分の体に苦笑した。 そのとき、外から人が入ってくる気配、それもかなりの人数のものを感じた。残党か、と力の入らぬ体に鞭打って気を張り詰める。 しかしロイはよく知る気配を認め、一人先に気を緩めた。それは今まで何時も後ろに感じてきた、慣れ親しんだ気配。守り、守られ、まるで馴れ合いのように長年連れ添ってきた大切な人のもの。先ほど受けた致命傷になり得る傷を抱えながらも、こうやって彼女は背中についてきたのだ。 へたり込む自分に慌て、先ほど彼女を託した男に抱えられたままこちらに向かってくるリザに、ロイは片手を挙げて笑顔で呼びかける。 「やあ、中尉」 ロイのすぐ目の前に来たところで、男はリザを降ろした。 「副官が世話になった、すまなかった。本当にありがとう」 体を動かす力もなく、座ったままでロイはがっしりとした体つきの男に礼を告げた。 先ほどよりは幾分顔色の良くなったと思われるリザは、衣類は相変わらず血のついたままの状態で、先ほどのメイの錬丹術による止血以上の事をしているとはとても思えない。 「なんだ、まだそんな状態でいたのか」 少し顔をしかめつつ彼女を嗜めたところで、ふわりとリザ自身の香りがしたかと思うと、ロイはリザに抱きしめられていた。 「たいさ・・・」 耳元で発せられるその声と、先ほどまではなかったその温かさに、ロイは安堵した。リザも自分も、ちゃんと生きている。その実感が、つい先刻まで行われていたホムンクルスとの対峙を逆に実感させる。 しばらくしてやはりほっとしたのか、リザがポツリと話し出す。 「心配したんです」 「うん」 「何処へいってしまったのか、無事でいるのか、すごく不安だったんです」 「うん」 少しずつ自分の気持ちを吐露するリザに、ロイはやさしく返答を返す。 「大佐」 「うん?」 もう一度呼ばれて、ロイはリザを見た。その小さな声は、ほんの少しだけ震えていた。 「無事でよかった」 さらに力をこめられた腕に、ロイはもう一度目を閉じた。 ここにこうして五体満足でいられることが、どれだけ幸せなことなのか。人間として、彼女とこうして抱き合うことがどれだけ幸せなのかを噛み締める。 ロイはリザの背に右手を回すと、呟いた。 「ああ、お互い生きていてよかった」 人が少しずつ集まってきていた。イズミには夫であるシグが寄り添い、エルリック兄弟とホーエンハイムにはアームストロング姉弟が手を貸している。 流れる空気が少しずつやわらかいものになっていることにロイは気づき、自分にとっての心の拠りどころであるリザの存在をもう一度確かめるために、ぎゅっと抱きしめた。 (2009.11.21,2010.2.14再up) -- ガンガン2009年12月号ネタバレ合同突発企画『Secret Love』掲載分(企画は終了しました) |