What is a scary thing?

 それはひどい嵐の日の夜だった。師匠は夕食を取った後一人部屋に閉じこもり、私はキッチンに留まってノートと睨めっこをしながら先ほどの講義の復習をしていた。リザは同じくキッチンで夕食の後片付けをしている。
 今夜はあまりにひどい風雨に、帰るのはとうに諦めた。幸いホークアイ家はオンボロ屋敷ではあるものの部屋数は豊富で(というより、住人が少なくて、というほうが正しいかもしれない)、私一人くらいが突然泊まることになっても特に問題は起きなかった。ただ予定外の宿泊のため、寝具が若干湿っぽく冷たいことだけが難点だった。
 リザは先ほど、夕食の片付けが終わったらシーツにアイロンをかけると言ってくれた。確かに寝具は冷たく湿っていても、シーツが乾いてほんのりと温かければ幾分かマシだ。その配慮は本当にありがたかった。だが、夕食の片付けはとうに終わっているはずなのに彼女は窓の外の様子を伺ってばかりで、一向にシーツを取りに行く気配がない。別に戸外に出るわけでもないのに、何をそんなに気にしているのだろう。
 このまま待っていても埒があかないので、私は自分でシーツを取りに行こうと思った。いつも使わせてもらっている部屋においてあることは知っているし、ついでに寝る支度も整えておきたかった。そこで「リザ」と彼女に声をかけたときである。
 
 窓がぴかりと光ったのとほぼ同時に、ドーンという大きな音が響いた。雷だ。心なしか家が揺れたように感じた、相当近くに落ちたのだろう。遠くの方でバリバリという音がする。とっさに窓の方に目をやったが外に異変は無いから、おそらくこの家に影響は無い。
 窓の方に向けた目を元に戻してそこで目に入ったのは、目をぎゅっと瞑って耳を手で抑えるリザ姿だった。縮こまって震える彼女は、雷はもうとっくに収まったというのに、気づいていないのか動こうとしない。
 
 ははぁ、なるほど。なかなかシーツを取りに行かなかったのはこのせいか。
 
 私の胸の内で、ちょっとした悪戯心が頭をもたげた。相変わらず動く気配のないリザの側にそっと近づくと、耳元で「リザ」と声をかける。すると案の定、彼女はびくぅっと身体を大きく震わせそして、おずおずと目を開けた。周りの様子を確認し私の姿を認めると、慌てて耳をふさいでいた手を外し、まるで何事もなかったかのように取り繕う。
 なんともかわいらしくて、おかしな光景だ。こらえきれずに噴出すと、彼女は照れ隠しなのか頬を膨らませて怒り出す。
「そんなに笑うことないじゃないですか!いいです、そんな意地悪な人のために、もうシーツなんか取ってきません」
 ふてくされた彼女をもっとからかってやりたくて、私は平然と答えた。
「いいよ、別に」
「アイロンかけて欲しかったら、勝手に取ってきてくださいね」
 私はほくそえんだ。彼女はまったく気づいていない、私が取りに行ったらこの部屋に一人取り残されることを。
 私はドアに手をかけながら言ってやった。
「わかった、じゃあ自分で取ってくるから、リザはこの部屋で、一人で、待っていてくれ」
 『一人で』の部分を強調したとたん、リザの目の色が変わった。そして「ダメです!」と叫びながら、ものすごい勢いで私の腕にぎゅっとしがみついてきた。
「私も一緒に行きます!」
 彼女のあまりに必死の形相に私がさらに噴出すと、彼女は真っ赤になって「もうっ」と私のことを叩いたが、ぎゅっとつかんだ手は離れる様子がない。
 
 明るい場所でこれなのだ、廊下の暗闇で雷がきたらいったいどうなるんだろう。そんな妙な期待と、これまで長い間一人で雷に怯えてきた彼女の不憫さを思いながら、彼女を連れてキッチンを出た。

(2010.1.28,2010.2.14再up)


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ガンガン2009年12月号ネタバレ合同突発企画『Secret Love』掲載分(企画は終了しました)

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