Acht Monate alt--8ヶ月--

 せっかく作って出した食事をことごとく残すので、率直に「おいしくないですか?」と聞いたら、彼は焦った顔で慌てて「そんなことはない」と否定した。
「野菜全般が苦手なんだ」
 あの独特の匂いがダメで、と言った顔は心底嫌そうで、思わず笑ってしまった。きっと生かあるいはあまり火の通っていないものしか食べたことがないに違いない。
 野菜が苦手と言われても、父に定期的な収入がなくぎりぎりの生活をしている我が家では肉や魚がメインの食事を用意する余裕などない。いろいろと考えた挙句、野菜を小さく刻んでくたくたになって指で潰せるくらいまで煮込んだスープにした。パスタを入れてミネストローネ風にして、野菜から目をそらせるようにして。
 すると彼は、添えてあったパンと共に見事に完食した。嬉しそうな顔で「すごくおいしかった。あれはなんと言うスープなの?」と聞いて来るので、おかしいのを我慢してツンとした感じで「離乳食スープです」と答えると、彼はきょとんとしたあとなんだか情けない顔になって「そうか…」と小さく呟いた。それでも気を取り直したのか「とにかくおいしかったんだ。ごちそうさま」と笑顔で言われたときには、自分の料理が認めてもらえたようで、飛び上がるくらい嬉しかった。
 それから彼が普通に野菜を食べられるようになるまでのしばらくの間、『離乳食スープ』は我が家の定番メニューになった。それが彼のためであることは、父には内緒だった。


 食べることを始めたばかりの息子のために野菜を細かく刻んで煮る。コトコトと2時間くらいかけて弱火で煮込むと、野菜だけでもコクのあるスープが出来る。くたくたになった野菜を見ながら、ふとそんな昔のことを思い出していた。彼が父の元で修行を始めた頃のことだ。
もちろん当時の『離乳食スープ』は大人が食べるために味も濃かったし、ちょっとだけベーコンをいれてあったので現実の離乳食からはほど遠いのだけれど、我ながらよくそんなユーモアのある表現が思いついたものだと思う。年上の彼に馬鹿にされないように、子ども扱いされないように、必死になって大人になろうとしたあの頃。きっと一生懸命背伸びしていたのだ。
 そんな風に昔を懐かしみながら、くたくたになった野菜を取り出してすりつぶそうとしたとき、夫がキッチンに顔を出した。
「なんかいい匂いがすると思ったら、ヤツの食事か」
 そういってそばに寄って来る彼は、なんだか嬉しそう。
「昔、こんなのをよく食べされられたよなぁ」
 懐かしそうにスープを見る彼に、私は驚いた。彼もまた覚えていたのか。
 そんな些細なことを覚えていてくれたことがなんだかくすぐったくて、私はわざとツンとしたまま答える。
「野菜、苦手でしたもんね」
 そんな天邪鬼な私の気持ちも、きっと彼は見透かしているに違いない。
 心の底から嬉しかった。
 
 私の思い出は、彼の思い出。


(2009.9.11)

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食事を作りながら思いついたお話。
上の子のときにはそうやって手をかけた離乳食を用意したなぁ、という懐かしい思い出とともに。(下の子にはそんな時間掛けられません!)
…というか、このシリーズ1年近くほったらかしだったんだ(苦笑)スミマセン…。
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