4 Monate alt--4ヶ月--

 それが夫の出張にせよ、プライベートにせよ、イーストシティを訪れるたびに東方司令部に顔を出すことにしている。目的の一つは司令部内の知人達に挨拶をすること、そしてもう一つは気晴らしのため。将軍が息子を2時間ほど預かってくれるのだ。
 頼るべき実家もなく慣れない育児を必死にこなしている私のための、祖父のちょっとした気遣いなのだけれど、おそらくかわいい曾孫と一緒に過ごす時間をとりたい、曾孫自慢をしたいというのも本音なのだろう。このじぃじ(正確にはひいじぃじだけれど)ときたら、預かっている間中赤ん坊を司令部中に見せびらかして歩くのだから。正直、将軍から夫の出張命令が出されるのも、曾孫に会いたい口実なんじゃないかと勘繰ってしまうくらいである。
「ほらっ、うちの曾孫、かわいいでしょう?」
 目じりを下げて司令部入り口の受付事務の女の子達に話し掛ける姿は、とても東方にこの人ありと言われた将軍とは思えない、ただの好々爺だ。普段から事務室に入り浸っているとは思わないけれど、司令部を訪れるたびにこの様子を見せられてしまうと、この人ちゃんと仕事しているのかしら?と思わず心配になってしまう。

 そして、もちろん赤ん坊は若い女の子達にも大人気なわけで。
「きゃあ、かっわいい!」
「みてみて、このちっちゃい手!」
「やーん、こっち見て笑ったわぁ」
 赤ん坊の、大人を魅了する力は絶大だ。一見子供なんか全く興味なさそうな強面の軍人でさえ、仕事の手を止めて笑顔で赤ん坊の方に顔を向ける。中にはわざわざ遠くの席を立って、歩み寄ってくるものもいる。事務室中が赤ん坊に魅了されて、一時仕事が中断してしまうのだ。
「本当に、この子かわいいわよねぇ」
「そりゃあたりまえじゃない。あのマスタング大佐ご夫妻のお子さんなのよ」
「美男美女だもんねぇ」
「そうそう、奥様も綺麗なのよね」
「うらやましいわあ、かっこよくて、紳士で、しかも上位階級で、お金もちの旦那様」
「私もそういう人と結婚したぁい!」
 赤ん坊の話から始まって、自分の子ども、親戚の子、将軍家の孫…と続き、果ては理想の結婚相手にまで話は到る。一通り話が済むとたいていの事務官達は仕事に戻るのだが、一度火のついた女性陣の世間話は尽きることがない。おまけに本来なら咎めるべき最高司令官が「そうだろう」とばかりに相槌を打って話を引き出しているものだから、彼女達の上官は咎める余地もなく、まったく始末に終えない。

 そうして、決まって話題は大佐夫妻の噂に移るのだ。
「そういえば、ご夫妻はどちらに?」
「やあねぇ、おじい様がこうやって赤ちゃんを預かっている間に、お二人で気晴らしなさってるのよ」
「すてきだわあ、そんな余裕のある家庭」
 話はあくまで噂話であって、事実よりも理想が形になることの方が多い。なぜ気晴らしが必要なのか、という問題は彼女達にとっては全く興味のないことなのである。
「気晴らしって、どこに行っているのかしら?」
「やっぱり街のほうじゃないの?」
「そういえば、マスタング大佐って女性のエスコートがとってもお上手って聞いたことがあるわ」
「やだ、今更何言ってるの、そんなの有名な話じゃない」
「マスタング大佐がエスコートしてくれるなら、きっとすてきなデートなんでしょうねぇ」
「子供が生まれても二人きりでデートなんて、すてきだわ!」
「奥様も綺麗でスタイルも良くて、女性らくて…」
「街をお二人で歩いていたら、絵なるカップルよねぇ」
 語られるのは、理想の夫婦。そして将軍は理想いっぱいに語られる孫夫婦の話を聞いて満足そうな笑みをこぼし、周りの長く東方司令部に所属する――東方時代の私のことを知っている一握りの人たちは苦笑を浮かべるのである。v
 そう、私達が中央司令部に行くのと入れ替わりに配置された彼女達は、東方司令部影の支配者などと呼ばれ、その大佐殿を銃で威嚇し、逃げる上司を捕まえては引きずり戻していた”ホークアイ中尉”を知らないのだ。噂の『マスタング大佐ご夫妻』にまさか司令部内で射撃場に篭って、妻の気の済むまで的に向き合い弾を打ち込んでいるとは、彼女達にはよもや想像もつかないだろう。

 東方司令部における理想の『マスタング大佐ご夫妻』像は、こうして曾孫自慢とともに孫自慢もしたい将軍によって作られていくのだ。
(2008.05.10)

--
射撃練習なんて、最高のストレス発散だろうなあ…(あくまで想像ですが)
close