Fünf Monate alt--5ヶ月--

 生成りのクロスの掛けられたテーブルの上にはほっこりと温かなビーフシチューと焼きたてのパン、サラダ、デザートのフルーツ。そのテーブルを囲むのは最愛の妻と愛しい息子、そして足元にはそのおこぼれに与る黒い愛犬。忙しい職場から解放されて帰宅した男にとって、それは一日の疲れを忘れてしまうくらい幸せこの上ない家庭のあたたかな光景……のはずだった。

 しかし、現実はそう上手くいかなかった。
 食べる前はいいのだ、食べる前は。いただきますと料理を準備してくれた妻に声を掛けつつ、まずシチューを一口。うまい。早くに母を亡くし小さな頃から家の一切の家事を任されてきた彼女の作る料理は、決して豪勢ではないが味は絶品だ。
 そう、問題はそこではない。落ち着かない原因は、食事の間じゅう感じる恨みがましい視線のせいなのだ。
 そっとその視線の元をたどると、そこには口をあけてだらだらと涎をたらし、ときどきもごもごとまるで何か食べているように口を動かす息子にぶつかる。
「あー、あー!」
「はいはい、ちょっと待っててね!」
 息子が叫ぶ。妻がおもちゃを渡す。
「だーっ!!」
 息子が与えてあるおもちゃでガンガンとテーブルを叩く。勢いでおもちゃが飛んでいく。
「あー!!!」
 おもちゃが手から離れてしまった息子は、また恨みがましい視線を私に向ける。
 無視、無視。そう自分に言い聞かせながら、パンを手に取った。バターをつけようとテーブルの上を見渡したが、そこにあるはずのバターがない。
「おい、バターをとってくれないか」
 そう言いながら妻の方を見たが、息子の相手をしている彼女は目線をこちらに向けることもなく言った。
「すみませんが、自分でキッチンからとってきてください!」
 今までだったら絶対にありえないことだった。しかし、今は違う。息子が起きているときの食事は、ある意味の戦争だ。食事時、妻は息子にほぼかかりきりで彼をあやす。その間に急いで食事を摂った私は、食後が彼の担当だ。料理を味わいながら、妻の隅々まで行き届く気くばりに彼女の優しさを感じながらのゆっくりとした食事など、到底無縁の世界なのである。
 そんなわけで、仕方なく自分でバターを取りに行く。キッチンに行ったついでに他に持っていくものはないか、周りを見渡すと、コーヒーカップが二客用意されているのが目に入った。食後のコーヒー用だろうか。それに気づいた私は、笛吹きケトルに水を汲んで火に掛け、コーヒーをドリップする用意をしておいた。このくらいのことをするのは、もう当たり前になっていた。
 そうしてバターを手にテーブルに戻ると、新たに渡されたおもちゃで遊んでいた息子が私に気づき、再び「あーあー」と叫びだした。手に持ったバターを見て、自分のために私が何か取ってきてくれたと思ったらしい。
「これはお父さんのだ」
 慌ててバターを息子から見えないところに置き、再び食事にありつく。パンをちぎり、バターを塗る。口に運ぼうとすると、じーっとこちらを見つめる息子と目が合った。
 なんとか無視して食べつづけていた私もそう何度もその視線を向けられると、さすがに自分だけが食べるのは申し訳ないような気持ちになってくる。
「お前にはお茶があるだろう?」
 残念ながら、まだ息子は食事をとることができない。完全母乳で育てられている彼は他に必要とする栄養分がないため、食事中に与えられるのは大抵お茶か、良いときで絞りたてのフルーツジュース程度だ。しかし、そろそろ「食べる」ということに興味の出てきた彼は、食べ物の匂いや食べ物を口に運び、噛くだき、飲み込むという一連の動作が気になって仕方がないのである。
 そんな彼は、私が渡したお茶の入った哺乳瓶はあっという間にポイっと投げてしまい、私の食べているものを欲しがって叫ぶのだ。
「どうにかならんのかね」
 居たたまれない気持ちで妻に聞くが、妻はぴしゃっと一言。
「彼には食事はまだ早いです。もう少しの辛抱ですから、ガマンしてとっとと食べちゃってください!」
 
 ……果たして、再びゆっくり妻の手料理を味わいながら食事ができるのはいつの日になることやら。

(2008.10.10)

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子育て中は、ゆっくり食事なんて夢のまた夢のことですよ。
おいしいビーフシチュー食べたいなぁ。
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