「土方さん、お休みになってください」
「うるせぇ」
「ええ、うるさくても言いますよ、どうかお休みになってください!」
副長室の前の廊下で繰り広げられる会話は、先ほどから何度も繰り返されている。廊下で話すものだから、周りに筒抜けだ。あまりに続くものだから、通る者が「なんだ、なんだ」と寄ってきてはしばらく見物し、そして拉致のあかない応酬にやがて飽きて去っていく。
そんな中で沖田はただその様子を飽きずに座り込んで、ニヤニヤとしながら見つづけていた。
「休んでいる暇なんかねぇんだ」
「こんなにふらふらしているのに?」
己の行く先を阻む小姓・千鶴をどかそうと肩に手を掛け力を入れた途端、くらりと目眩を覚えた土方は、非力なはずの千鶴によってあっさりと押し戻される。
「…うるせぇ」
頬を少し赤らめながらも引こうとしない土方に、千鶴は溜息を吐く。
「だから、お休みになってください、土方さん」
すでに動けなくなっている土方を促すように、副長室の障子を開く。
「総司、何をやっている?」
一部始終を傍観している総司に声をかけたのは、巡察を終え副長室へとやってきた斎藤だった。
「面白いから見てるの」
「見てないで、手助けしてやったらどうだ」
「手助けってどっちの?」
「雪村に決まってるだろう!」
斎藤が声を荒らげる隣で、こちらもまた先ほどより強い口調の言葉が紡がれる。
「大体そんなに熱があって判断力も鈍っているのに、仕事なんて捗るんですか?」
「う…」
「今はちゃんと休んで治して、良くなってからする方が、よっぽど捗るんじゃないんですか」
千鶴の正論についに土方は何も言い返せなくなって、黙り込んでしまう。
「あらら、土方さんが言いくるめられちゃったよ」
面白そうに沖田が笑う。それにつられて、斎藤が渋い顔で口添えする。
「雪村の言うとおりです、副長」
「俺も手伝うから、トシ。いいから寝て、早く治せ。急ぎの仕事は、手伝うから」
「近藤さん!」
突然の声かけに、沖田が嬉しそうに振り返る。その視線の先には、近藤が立っていた。
「…わかったよ、寝りゃいいんだろう?」
近藤に言われては、さすがの土方も逆らえない。こういうときの近藤は、梃子でも動かない。抗うだけ無駄なことは、土方もわかっていた。
「はいっ!」
そんな土方の素直な言葉に、千鶴は嬉しそうに答えて、甲斐甲斐しく世話を焼く。
「しかし総司、おまえはあれを最初から見ていたのか?」
「だって、土方さんが千鶴ちゃんに言いくるめられるのなんて、なかなか見られないですもん」
あ、でも最近は結構見かけるようになったかな、そう沖田が零すと、近藤が嬉しそうに頷く。
「雪村君も、あれでなかなか芯が強いからなぁ」
「江戸の女には、土方さんも弱いんでしょうよ」
くくくっと沖田が笑う。
「夫婦喧嘩は犬も食わぬというぞ」
「一君、夫婦じゃないでしょ。ああ見えても、一応主と小姓なんです」
だからきっと僕の入る隙もあるよね、そんなことを思いながら、沖田は立ちあがった。
きっとしばらくすると、土方のためにせっせと水に浸した手ぬぐいや粥を用意する千鶴の姿が見られることだろう。
「雪村君はいい嫁さんになりそうだな」
トシに似合いの、そう付け加えて、近藤は嬉しそうに青空を見上げた。
(2013.11.22)