モテる男の行動習慣

【3】 髪型、服装に気を使う

「ようやくその格好が板についてきたね」
 カウンターでウィスキーのグラスを傾けていたマスタングは、マダム・クリスマスが唐突に発した言葉に顔を上げた。
「ようやくって、スーツを着始めてからもうずいぶん経つよ」
 少々不満げな表情で、マスタングは食いつく。周りについていた女の子たちも、そうよぉ、ロイさんは前からスーツ似合っているわぁ、マダムのいじわるぅ、などと口々に反論する。
 そんな若人たちに、フンとクリスは鼻を鳴らす。
「今まではスーツに着られてたってことさ。まるでどこぞの金持ち坊ちゃんのようだったよ」
 長年育てられた養母にそう言われてしまえば、ぐうの音も出ない。マスタングがスーツを着用し始めたのは士官学校を卒業して入隊した頃、かれこれ10年近くも前になるが、確かに今まではたとえ馴染みのテーラーに行っても、テーラーの言われるままにデザインも色も決めていた。だが最近は、自分に似合う色、自分を良く見せるデザインが少しずつ分かってきて、もちろんテーラーの意見も取り入れるが、自分の好みも伝えられるようにはなってきた。そういうことも含めて、クリスはスーツが自分のものになってきたと言っているのであろう。
 
「大体、学生時分のアンタの服装は、最悪だったからねえ」
 ふっはっはっ、と女性にしては少々野太い声で笑われて、マスタングは体を縮こませた。えー、そうなのぉ?と周りの女の子たちが興味を持てば、マスタングは肩身が狭い思いでいっぱいだ。
「『少しは見栄えのする格好をしろ』と言ったら、白シャツに黒スラックスを履いてきた。そこまでは良かったんだが、年がら年中それだ。他にないのかと聞いたが、『考えるのが面倒だ』と。錬金術の研究と、想いを寄せる女の子のことでキャパシティオーバー、着るものにはまったく興味がなかったんだろうよ」
 『想いを寄せる女の子』は余計だろうと思いながらも、マスタングは昔を思い返す。
 正直なところ、着る服なんてどうでもよかったのは事実だ。養母の家業の手前 (と、実は師匠を見て身なりは大切だと痛感したこともある)、やはりそれなりに清潔感のある格好はしていなければならないだろうとは思っていたが、錬金術という学問に魅せられた少年にとって、服装を考えることは正直面倒なことだった。『いい』と思った服装を毎日していればいい、そんな考えだったから当時のマスタングのクローゼットの中には、白シャツと黒スラックスばかりが並んでいた。逆にそれが功を奏して、女の子たちの要らぬ人気を得たことも、それゆえかわいがっていた師匠の娘の嫉妬を買ったことも、今となってはいい思い出だ。

「ま、いいものを着て、それなりの店に入って、それなりに金を使っていれば、階級ばっかりが一人歩きするようなことはないからね」
 そういって、クリスが口元をにやりとさせる。それを見てマスタングはホッと胸をなでおろした。ああ、ここにもまた一人、自分を蔭からサポートしてくれる、信頼できる仲間がいるのだ、と。

(2011.12.1)



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